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当事者研究編ノ第5回

 皆様、疫病騒ぎの中いかがお過ごしでしょうか。みっちゃんです。
 本日は、前回に引き続き記憶の結晶化について記述していきたいと思います。前回は、記憶の常態化による学習的無力感が引き起こす負のトラウマでしたね。で、この負のトラウマを解消するには、そのトラウマの対象物を患者が納得する形で処分する必要があると話しました。無論、それ自体は非常に難しいことです。なので、その代替として記憶の結晶を溶かす、もしくは無害化するために長期にわたるカウンセリングが行われるのですが、それには途方もない時間を必要とします。予算は保険が効く場合はそこまで必要ではありませんが、投薬治療が重なった場合、天文学的とまでは言いませんが、ある程度の予算を覚悟しなければなりません。では、それをどうすれば加害者に賠償請求することができるのか。私は弁護士ではないのでそのあたりは詳しくありませんが、それを証明して加害者に賠償請求をするために、ある一つの提案をしたいと思います。それはすなわち、精神的被害を可算化するために、精神的な単位を統一し、定量化することであります。かつて、人類は時間も情報も可算化できませんでした。しかし、今は時間は秒単位で、情報はビット単位で可算化できています。では精神を可算化するためにはどうすればいいのか。それには、まずはカウンセリングの時間を全国定額の自費診療に換算した額をはじき出すことが必要かと思われます。無論、投薬治療などを含める必要はありますし、投薬治療によって内臓に与えたダメージやQOLなども考える必要があります。そして、それを繰り返して計算していけば、精神的被害というものの財政的罰金を計算することは可能になります。すなわち、名誉棄損などを応用した精神的傷害罪の可視化であります。これが、私が今思いつく限りのトラウマの原本の処分方法であります。
 そして、この方法はある福音を生むことになります。精神というものの計量化であります。無論、端緒につくであろうばかりであり、そもそもこれが何の役に立つのか疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、これは非常に有用なものになりえるのです。それは、精神、すなわち非物理的存在を証明する方法でございます。人間は古来より「魂」という概念を考えていました。ラディカルな唯物論者はそれをない、もしくはあったとしてもただの「におい」に過ぎないと一蹴し、逆に唯心論者などは魂や精神こそが人間が人間足りうる必須であり、それがない人間はただのがらんどうに過ぎない、と反論しておりました。そうです、精神というものの被害状況が脳機能などの可視化が進んだ結果観測されて証明されうるものであると理解し得た時、人類は物理的形而下世界のみならず、芸術的形而上世界をも手中に収めることになるのです。すなわち、精神的被害が証明されるということは、人間がついに魂というものの観測の第一段階に到達したという証拠になりうるのです。これは、はっきり言って画期的も画期的、産業革命や情報化革命以上の、第五産業とでもいうべき革命的証明になるでしょう。人類は、まずは農耕を行い、次に商業を行い、そして工業を行い、ついには情報を取り扱うだけで銭を生むところにまで社会は到達しました。情報産業が第四次産業と呼ばれる理由でもございますが、この次と言えば、精神を可視化することによる第五次産業が存在しうると私はここで予言いたします。無論、それが証明され実用化されるまでには私は生きていないでしょう。しかし、この予言書が識者知性者の目にとどまり、それを証明しても何ら無益ではないと判断されて、実際に証明された場合、私が第一提唱者として歴史に名が残るのです!
 やや、興奮のあまり妙なことを口走ってしまいましたが、訂正や撤回は致しません。これに関しては私は本気です。本気で、私は、精神という無形非物理的存在が、可視化できると、信じています。
 では、これがなぜ当事者研究とつながるのか。それはまた次回、第6回において講義したいと思います。


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