むしろ今こそDVD・ブルーレイを買うべき理由
私が子どものころ、DVDというものは珍しいものでありある種の憧れの存在でもあった。
何せその頃にはレーザーディスクは既に下火だったし、それまでの主流だったビデオテープも辞書のようなサイズでかさばる上に見る度の巻き戻しも必要で、おまけにテープが絡まる可能性もあるというシロモノだった。
そういった点で、スリムなどころか特典やら複言語音声・字幕やらを多く収録し光に当たると虹色に光るDVDは、洋画に出てくるお金持ちのハンサムな好青年のようにキラキラしていて魅了されずにいられない存在だったのだ。
あれから幾年月、今や後継としてHD-DVDやブルーレイどころか映像ストリーミング配信までもが続きDVDはペーパーバックやCDと並ぶ新古書店の代表商品となってしまった。
幸いにも今のところはDVDでの新作リリースもあるようだがブルーレイのみに絞るものもあるのが事実であり、そのブルーレイすら映像ストリーミングのシェア拡大が進めば過去の遺物になるかもしれないのが展望である。
しかしこのような状況の今こそ、DVDやブルーレイを買いあさるには実に好都合なものだと私は思う。
というのも、今までに出たあらゆるDVDやブルーレイが中古市場に出回っており、その一方でDVD・ブルーレイ市場を離れようとする客を狙った豪華な特典をつけたDVD・ブルーレイも新しく出回るようになっているのだ。
まず中古DVD・ブルーレイについて話すと、今を中古DVD・ブルーレイ購入の好機としているのは何よりレンタルビデオ店である。
というのも、映像ストリーミングのシェア拡大による割りを食らう形で全国のレンタルビデオ店が縮小・廃業に追い込まれているのである。
経営が傾いた、あるいは廃業したレンタルビデオ店はなんとかして少しでも利益を残そうと身を削るようになり、その結果としてレンタル専用品として使われていたDVD・ブルーレイが店頭で中古として直接売りに出されたり中古DVD店に横流しされたりするのである。
そうして放出された中古DVD・ブルーレイは何度も誰ともわからぬ人々によって使われたものであるため売るにしても安値になっており、とても手に入れやすい。
そのくせして既に生産されておらず希少になっているものやレンタル仕様だけのジャケットや特典を収録した物などが含まれており、時として希少価値を持っているのである。
そして中古DVD・ブルーレイを放出するのは、レンタル事業者だけではない。
一般家庭においても映像ストリーミング配信サービスに加入した家庭などは、もうネットで見られるからとかさばるDVDやブルーレイをDVDプレーヤーともども中古品店に売りに出すのだ。
その結果、ありとあらゆるDVD・ブルーレイが四方八方から中古市場に寄せられ多種多様なDVD・ブルーレイが、しかも安価で手に入るようになっているのである。
では、今DVD・ブルーレイがねらい目なのは中古市場だけなのだろうか。
答えは否だ。
新品のDVD・ブルーレイにおいても、今だからこそ手を出すべき状況になっているのである。
まず前述のとおり、映像ストリーミング配信のシェア拡大によりDVD・ブルーレイは斜陽化が予測されている。
しかしながら映像作品の配給会社はまだまだDVD・ブルーレイを売りたいのが本音のようである。
そこで彼らはどのような戦術をとったか、DVD・ブルーレイに収録する特典で勝負を挑んだのである。
例えば、懐かしい洋画のTV版日本語吹き替えを収録するということ。
TV版日本語吹き替えというのは今の金曜ロードショーに代表されるようなTVチャンネルの映画番組で映画を放送する際に新規に収録される吹き替えであり、映画公開時に日本語吹き替え版が制作されていない作品や権利の都合上その吹き替えがTVで使いにくい作品などを放送する際に収録されるものだった。
また、この吹き替えは有名な俳優や声優を起用することでそれ自体を映画放送の売り物にすることにも役立てられ、視聴率向上のための武器に使われた。
こういったTV版日本語吹き替えは後年になってカルト的人気を獲得することもあり、また映画館ではなくTVで映画に親しんできた人にとっては本来の声よりも声優が吹き替えた声の方が馴染んでくるという場合も出るようになった。
そして現代になりDVD・ブルーレイの付加価値が求められる中で、このTV版日本語吹き替えが注目されるようになり、この収録を売りにして販売されるDVD・ブルーレイが出るようになったのである。
また収録するにしても単純に収録するのではなく、別々のテレビ局で別々の声優のキャスティングで収録されたTV版日本語吹き替えを同時に収録して違いを楽しめるようにしたり、TV放送時に放送尺の都合上カットされていた故に吹き替えが収録されていなかったシーンを同じ声優や声の似た別の声優を起用して埋め合わせた完全版にしたりしてさらなる魅力にすることもあるのだ。
こうしたTV版日本語吹き替え収録DVD・ブルーレイはシリーズ化されることもあり、当時の復刻版脚本やインタビュー冊子などを付けた豪華版になることもある。
そして市場で販売され、往年の映画ファンや声優ファンを喜ばせているのだ。
もちろん、付加価値となる特典は吹き替えだけではない。
例えば映画のセリフの代わりに監督やキャストや評論家による批評や同窓会トークが聞けるようになるオーディオコメンタリーや、メイキングや撮影現場を追ったTVドキュメンタリーの映像などのような撮影の裏側を知れる特典。
また予告編・TVCMやキャスト・スタッフの紹介など作品の詳細を知れるものもある。
そして特典に頼らずとも、単純に価格を下げたりキャンペーンの対象DVD・ブルーレイを複数枚買うことで別の対象商品が1枚もらえるキャンペーンを展開したりという具合にお買い得さで勝負することもある。
そういったこともあって、新品のDVD・ブルーレイも今買うことによって新たな発見・出会いを経験することができるのである。
実をいうと私がDVD・ブルーレイを改めて買いあさり始めたのは1年半ほど前からなのだが、それ以来DVD・ブルーレイの魔力にすっかり取りつかれ、外出するたびに欲しくなるようなDVDやブルーレイが売っていないかを行く先々でチェックするようになってしまった。
そこにあるのは、TVのバラエティーとは違った味わいのユーモアにやみつきになるような言葉選び、画面の中の映像とは思えないほどの臨場感。
とりわけ私を魅了したのは、字幕と吹き替えの絶妙なニュアンスの違いだった。
字幕というものはとにかく読みやすいうえに少ない字数で、そして正確にセリフの内容を伝える必要がある。
それゆえに洋画や海外ドラマなどにおいては元のセリフの内容を訳しても完全には表示できず、要約するか別の表現を使う必要があるのだ。
そこに訳者の妙技が試される、英語を習うなどして本来のセリフの意味がわかるようになるとなおさらその手腕に感心させられるのである。
一方の吹き替えでは要約することだけでなく、俳優の本来の口の動きに合った言葉を選ぶことや俳優のイメージに違わない声と演技力を持った声優を起用することまでもが求められる。
それゆえに吹き替えは当たりはずれがクッキリと出るようになり、当たりの場合の感動がより大きくなるのである。
ことに前述のようなTV版日本語吹き替えの傑作が積極的に収録されるようになったことは、今まで原語でしか楽しめなかった映画を日本語でも楽しめるようになり内容が理解しやすくなるだけでなく字幕・吹き替え・原語の三者三様の表現技法を比較することで各々の技法や解釈を吟味でき作品をより深く楽しむことができるのだ。
さらに面白いのは「自分ならどう字幕をつけるか/吹き替えるか」を考えることである。
前述のように英語と日本語の違いの都合上盛り込めなかったり、あるいは訳者が見落としていたりして本来の原語のバージョンにあったニュアンスやユーモアが字幕や吹き替えでは欠落してしまうということが、海外作品では時折起こる。
そうしたときに、自分ならどういう表現でその欠落部分を補って字幕や吹き替えに入れるかということを考えるのも一興なのである。
もちろん逆に意外な発想で原語版のセリフを日本人にしっくりくる形で、またはシーンにしっくりくる形で字幕や吹き替えが表現していることもあり、そういった場面に出合うと訳者の妙技に感心せざるをえないのである。
そして吹き替え版だと、声優の名演技も多大な魅力となっている。
当然のことながら、元の映画の俳優と吹き替える声優は(一部の例外を除いて)別人であり、声も当然ながら他人のものとなっている。
しかしながらそれは前述のように、時として本人の声以上にしっくりくることすらあり、俳優のカッコよさや面白さを原語版以上に際立たせていることもあるのである。
ジャッキー・チェンの吹き替えを担当している石丸博也やアーノルド・シュワルツェネッガーの吹き替えを担当している玄田哲章、『刑事コロンボ』でのピーター・フォークの吹き替えを担当している小池朝雄などはまさにその好例であろう。
だからこそ吹き替え版で観ると作品の魅力がより増すこともあり、また原語版との聞き比べもより楽しくなってくるのである。
そして時にコメディ作品などでは吹き替え声優が作品内にアドリブを放り込むこともあるので、そのアドリブで笑ったり原語版と聞き比べることで「あのセリフはアドリブだったのか」と驚いたりするのも楽しいのである。
もちろん価格も今では魅力の一つである。
大人になって金銭的に余裕が出たこともあるのかもしれないが、DVD・ブルーレイ自体も店によっては100円から販売している所も出始め、高根の花だった子どもの頃とは比べ物にならないくらい手に入りやすくなった。
さらに取り扱っている中古店も増えたため、気軽に探せて容易に買うことができるようになったのである。
とはいえ全てのDVD・ブルーレイが手軽に入手できるようになっているわけではないので、そこは中古店を行く先々で尋ねては映像ソフト売り場を探って欲しい作品のものがないかを調べているのである。
結果としてこれは旅行に出かけるモチベーションにもなり、店をはしごするために歩くことで体力づくりにもなっているのである。
そして家で映画やドラマを見ることはいい暇つぶしにもなり、作品中での表現や言い回しを学ぶことは語彙力の向上や文化・習慣の勉強にもなっているのだ。
映画やドラマに興味があったのは前からだったが、それが日々の生活にまでいい影響を及ぼすのはうれしい誤算だったのである。
レーザーディスクやビデオの再生機が家電量販店からなくなってからどれくらいたったかは今やわからないぐらいになっているし、DVD・ブルーレイの再生機器もじきにそのポジションに来るのではないかという懸念も払拭できないのは事実だ。
しかしそれでも、今がDVD・ブルーレイを買う好機だと考えると手を出してみようと思えてくるのではないだろうか。
DVD・ブルーレイは場所も取るし劣化もあるが映像ストリーミング配信にはない良さも多く持ち合わせている。
そういった良さを楽しめることが、DVD・ブルーレイの強みでありこれから生き残るための武器なのである。
そしてもしこれを機にDVD・ブルーレイの販売数の下降に歯止めがかかれば、メーカーも映像ソフトやその再生機の生産を継続してくれるかもしれない。
これは単なる提言ではなく、映像作品をより楽しく、より多くの人に楽しんでもらうための提言なのだ。
さあ、この文章を読み終わったら近所の中古屋に行って、DVDの棚を調べてみよう。