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当事者研究編ノ第3回

皆様こんにちは、みっちゃんです。
 さて、前回はゲヘゲラーデンの発動状況と仏教の成立を絡めていきましたが、今回はゲヘゲラーデンの発動結果とその結果の感情作用について探っていきたいと思います。
 まず、ゲヘゲラーデンが分泌される状況ですが、それは前回述べた通り好きなことをするという行動によって得られる多幸感です。では、なぜ好きなことを反復できるのか。それはもちろん、多幸感が得られるからなのですが、その多幸感の正体こそが、ゲヘゲラーデンではないかと私は考えます。すなわち、扁桃体あたりから分泌されるゲヘゲラーデンが分泌される行動を、人は快であるという感情として認識し、その多幸感、つまりは快感情を得たいがために、それを反復して行うのではないかと思われます。
 この理論は、物事を飽きてくることや、最近よく使われる「〇〇ロス」、代表的なものは「ペットロス」でしょうか、も説明できると思います。つまりは、「飽きる」ということはその行動を行ってもゲヘゲラーデンが分泌されない、もしくは閾値に足りなくなるといった脳内状況であり、「○○ロス」というものはその快感情を伴う行動をもうできないということへのフラストレーションだということです。
 薬物耐性という言葉があります。つまりは、薬物を使っても効果が得られないことですが、これはなぜ起きるかと言えば、同じ薬品を用いてもその薬品への免疫反応ができてしまって薬品が効きづらくなる、もしくは全く効かなくなるという現象、だったはずですが、なぜその現象を取り上げたかと言えば、同じことが脳内物質にも言えるのではないかという推測でございます。つまりは、よく最近、最初に読んだときに比べて感動が薄れてきたなあ、と思う時には、脳内では同じ量の物質が駆け巡っていても、その物質の量に脳回路が慣れてしまっており、反応が鈍くなっているのではないか、ということです。逆に言えば、そういった「飽き」の来ない作品というものは、本物の名作であり、その人にとっての聖書聖典と言っても、まず過言ではないと思います。
 次に、このゲヘゲラーデンと私が呼んでいる仮想脳内物質ですが、既存のドーパミン他によって説明できるか否かということでございますが、私の経験則から言って「否」だと断言致します。無論、私の経験則なので専門家の研究には及ばないとは思いますが、今まである程度の種類、丸向薬品を飲んできましたが、薬品によってこの境地に至ったことはありません。故に、ゲヘゲラーデンは存在する蓋然性は高いと思われます。
 そして、このゲヘゲラーデン、どういった感情作用をもつかと推察するならば、上述した快感・多幸感、詰まるところ、飲酒行為を伴わないものの、「酔った」感情作用に近いと思われます。そして、飲酒と違い健康を害しない為に、しばしば依存症の様相を呈しがちです。特に、前述した「○○ロス」というものは禁断症状に他ならず、逆に「飽きが来る」という状態になったのならば依存症からの脱却を自力で成し遂げたようなものでございます。即ち、ゲヘゲラーデンは脳内物質であり、単体では健康を害しないからこそ、浴びるほどその脳内物質を分泌されうる状況に置くことによって、大量摂取による良性の薬物耐性を付けるという他では言語道断な治療法が可能なのです。何が言いたいかと言いますと、ゲヘゲラーデンが分泌されうる状況になった場合、それを下手に取り上げると絶対に恨まれます。それは断言します。そうではなく逆に、浴びるように好きなだけそれをやらせておけば、いずれ飽きが生じてゲヘゲラーデンは閾値を超えなくなります。そうなったら自然と離れていくので、その段階であくまで取り上げるのではなく向こうから差し出させる状態になるまで放置しておきましょう。
 即ち、ここからはじき出される結論としては、所々で見られる依存症というものは健康被害が無い場合はどうせ飽きたら手放すので、好きにさせて恨まれない頃にやめさせましょう、ということです。


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